考えはいつだってNo think!

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親父とオヤジとおやじの流儀

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みどりの小野さん(id:yutoma233)がオヤジに関するエントリーを書かれていた。
”すべてがオヤジになる日まで”と題された記事はオヤジの悲哀を書く一方で、ありのままの姿 = オヤジが良いわけじゃなくて、安易なレッテルを貼らずに多様性を認める事を訴えている。
 
エントリーを読んで「そうだよなぁ、オヤジにも多様性ってかダイバーシティがあってもいいよな」と思いつつ、ふと「親父とオヤジとおやじ」って違うのかと疑問に思った。
まぁ表記の仕方が違うだけなので言葉遊びっちゃ言葉遊びだけど、受ける印象がそれぞれで随分違う気がする。
(記事中の氏名は全て敬称略)
 

--目次--

 

親父の場合

漢字で”親父”と書くとそこはかとなく、かしこまったイメージになる。
昭和のお父さん、の様な現物は見た事無いけど「あー、こういうのあるある」って感じがする。
叱られると絶対怖い。
 
具体的なイメージで言うなら”巨人の星”の星一徹辺りのイメージだろうか。
狂気と紙一重の愛情で息子を鍛え上げ、今だったら確実に通報されるレベルのシゴキを行っている。
怒ると言葉の前に手が出る感じだろうか。あとちゃぶ台とか。

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(これぞ昭和の親父!)
 
俳優で言うなら今は亡き菅原文太だろうか。
CMで朝日ソーラーじゃけぇ」と独特の渋い声のイメージがある
各種映画でも流石の貫禄を見せつけた名優には「親父」の愛称が相応しい。 

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(今見てもカッコいい菅原文太)
 

オヤジの場合

カタカナでオヤジと書く場合は”親父”よりも怖さは薄れる。
反面、困ったときに頼れる様な安心感がある。
イメージとしては「やるときゃやる!」って感じだろうか。
 
普段はぐーたらオヤジ、でもやるときゃやる代表格と言えば野原ひろしを真っ先に思い浮かべる。
休日は寝ていたり、ゴルフに行ったりしているが家族想いで、特に劇場版の際に家族がピンチになると身の危険を顧みず助けるなど頼れるオヤジである。

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(やるときゃやる男、野原ひろし)
 
俳優であれば重松豊も”オヤジ”と言うイメージがある。
重松豊、と言うよほとんど孤独のグルメの”井之頭五郎”のイメージだけど。
 
スーツ姿で歩く姿は正にオヤジ。
取引先でも自分の仕事スタイルに合わない仕事はきっぱり断るなど、しっかりと”自分”の柱がある辺りも野原ひろしと同じ感じがする。

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(普段は意外に小食な重松豊)
 

おやじの場合

平仮名で書くとこれはもうコミカルな感じがする。
漢字が正統派、オヤジがクールと来れば3枚目はコミカル枠だろう
中年の悲哀もなにもかも笑いに変えるのがある意味強さ。
 
本人の意思とはあまり関係なく、代表格として磯野波平を挙げたい。
「ぶぁかもぉーん!」とお叱りを受けそうだが、しっかりしている様に見えて意外と抜けている所や、なによりあのヘアスタイル!
あの1本にドライヤーまであてて大切にしているのは、冗談なのか本気なのか解らない。

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(多分きっと本人はマジだ)
 
俳優、と言うか有名人ならもう間違いなく上島竜平だろう。
太っちょな体形といい、立ち居振る舞いといい”おやじ”の風格はバッチリである。
そうはいいつつも、細やかな気配りが出来たり、”竜平会”と言う集まりが出来るなど人間としての器の大きさもあるので、そういう部分も考えると改めて年齢について考えさせられる。 

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オヤジと一言でいっても人が受けるイメージは様々だ。
多様性という言葉では表現出来ないほど、様々な人の生き方がある中で画一的なレッテルを貼る事が必ずしも正解とは思わえない。
親父でもオヤジでもおやじでも、どんな生き方をするのも自由だ。
 
自分が今何をすべきなのか? どんな将来像を描いていくか?
”人生の下り坂”や”消化試合”などと散々に言われる事もあるがオヤジにも未来があるのである。
 
それでは、また。
(記事中のイメージは個人の勝手なイメージです)
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他にも四方山話の記事、あります